新潟大学工学部 晶析工学研究室
 化学工場での大規模な結晶生産技術を晶析といいます。化学製品の中には、結晶の粒からなるものが数多く存在します。たとえば、スーパーで売られている食卓塩は、結晶の形がサイコロのようになっています。これは、塩を振りかけて使うため、食塩結晶の粒がサラサラと流れやすいようにそうしています。結晶の大きさは、流れやすさに加えて風味にも関係しています。すなわち、粒が大きいものは、ゆっくり溶けるので丸みのある塩味になりますし、粒が小さいものは、すみやかに溶けるのでピリッとした塩味になります。食卓塩の結晶は、粒がよくそろっており、塩味が均等になるよう調節されています。コーヒーや紅茶に入れるスティックの砂糖は、グラニュー糖の結晶であり、純度を高めて雑味を少なくしているため、風味を損ないません。一方、茶色の三温糖は、原料由来の不純物が砂糖結晶の中に含まれており、クセのある風味になっています。医薬品の主成分である原薬は、その多くが水に溶けにくく、人体に吸収されにくいことから、原薬結晶の大きさを小さくしたり、内部構造を変化させて、薬物の溶出を良くしています。このように、工業的に求められる結晶の性状は、用途に応じて様々です。

 結晶は、原料が溶けた液体を冷やしたり蒸発させるなどして析出させます。そうしたとき、結晶の大きさや形を希望通りにするには、どうすればよいのでしょうか。それは、結晶が生まれる瞬間から大きく育つまでの流れをうまく調節することです。たとえば、結晶の大きさは、結晶を何粒生まれさせるかで調節できます。生まれた結晶の数が一粒の場合は、液体中の原料をすべてひとり占めできるため、結晶の大きさを最大限大きくできます。一方、百粒の場合は、原料を百等分してみんなで分け合うため、その分、結晶の大きさを小さくできます。では、生まれてくる結晶の数を一粒だけとか百粒だけに調節できるか?と言われると、中々難しいです。そこで、結晶を生まれさせるかわりに、種結晶を用います。原料がめいっぱい溶けた状態の液体に種結晶を添加すると、それで結晶が生まれたことになります。添加する種結晶の数は、ルーペや拡大鏡を使えばおよそ正確に決めることができるでしょう。では、種結晶の数を正確に決めて添加したとして、今度こそ結晶の大きさを調節できるか?と言われると、まだ難しいです。なぜならば、種結晶が成長している最中に、種結晶とは別の小さな微結晶がいつの間にか増えてきて、結晶全体の数が変化するからです。このような現象が起こる理由としては、①種結晶がかき混ぜ機とぶつかって一部が砕け、その破片や砕けた断面からボロボロと取れたものが大きく成長する、②冷却や蒸発の速度が早すぎて種結晶以外の新たな結晶が液中から発生する、などが知られています。

 では、こうした現象を防ぐことはできるか?と言われると、アイデアはあります。たとえば原因①については、かき混ぜの速度をゆるめることが考えられます。しかし、ゆるめすぎると今度は結晶が容器の底に沈んでしまい、混ざりが悪くなって、新鮮な原料が結晶に届きにくくなります。一方、原因②については、冷却や蒸発の速度をゆるめることが考えられます。しかし、工業的にはなるべく早く大量に生産したいので、そんなにゆっくりはしていられません。では、かき混ぜや冷却・蒸発の速度は結局どのくらいがちょうど良いのか?となることでしょう。これらの問いに対しては、数字で答える必要があります。その数字をはじき出すための計算式を教えてくれるのが晶析工学です。かき混ぜや冷却・蒸発の速度をいくらにすればよいのかが計算で分かるということは、要するにあれこれと試行錯誤の実験をしなくて済む、ということです。本当に計算通りにいくかどうかの検証実験は必要ですが、目安の数字を知らないで始めるよりかは断然良いです。

 なお、原因①と②の両方を同時に解決するアイデアがあります。それは、冷やしている途中で急に温めたり、蒸発している途中で急に水を加えるなどして、新たに増えてくる微結晶を溶かすというやり方です。種結晶も多少溶けますが、微結晶に原料を取られるよりかは断然良いです。また、冷却・蒸発を引き続き行うことで、溶けた分を取り戻すこともできるでしょう。そうしますと、次の段階は、どの時点で温度を上げれば良いか?何度まで上げれば良いか?さし水はどのくらいの量が必要か?何回添加する必要があるか?などということになってきます。結晶製品を工業生産する上での、こうした工学的な問いに対して、最適な解を与えうる設計式を、化学工場の規模で考えるのが晶析工学です。